2026年7月、ホンダが「生成AIエキスパート制度」の運用を始めた。社員のAIスキルを3段階で認定し、基本給とは別に手当を支給する新しい人事制度だ。対象は研究所を含む国内全社員およそ4万5000人という規模の大きさも注目されている。
制度の中身|3段階認定と手当の金額
この制度では、面談や筆記試験を通じて社員のAI活用スキルを3段階で認定する。最上位のレベル3として、AI活用を専任で担う認定者には月額最大15万円が支給される。エントリーレベルのレベル1、しかも他業務と兼任の場合でも月2万5000円の手当がつく仕組みだ。
制度が始まった2026年7月時点での認定者数は280人。ホンダはこの人数を数年以内に1000人まで拡大する計画を掲げている。ただし最上位のレベル3認定者はまだ10人程度にとどまっており、コンサルティングファーム並みの水準を求める、相当に高いハードルが設定されていることがうかがえる。
「手挙げ制」という設計思想
この制度のもう一つの特徴は「手挙げ制」であることだ。一般的な社内資格制度のように、会社や上司から取得を勧められるものではなく、社員自身がエントリーするかどうかを選ぶ。やらされるAI研修ではなく、自ら手を挙げた人にリターンが用意されている設計だと言える。
そして評価されているのは、AIに関する知識量そのものではないという点も重要だ。伝えられているところによれば、重視されているのは「AIを使って実際に仕事のやり方を変えられたか」という実践面だ。ツールを操作できることと、業務プロセスを再設計できることの間には、はっきりとした差がある。
背景にあるのは4239億円の最終赤字
この制度導入の背景には、2026年3月期に4239億円という最終赤字を計上した厳しい経営環境がある。福利厚生としてAI研修を用意する余裕がある、という話ではない。AI活用は企業が生き残るために本気で投資すべき対象になった、という危機感の表れだと見るべきだろう。
実際、日本国内の生成AI普及率は22.5%にとどまり、世界48位という調査結果もある。多くの企業がすでに研修やeラーニングでAIリテラシー向上に取り組んできたはずだが、実際に「使いこなせている」と言える人材はまだ少数派というのが実情だ。研修を受けさせるだけでは、人はなかなか本気で動かない。人が本気で動くのは、評価と報酬が実際に変わったときだけである。ホンダの制度は、まさにそこに手を打った事例と言える。
なぜ自動車業界でAI人材の囲い込みが起きているのか
自動車業界は今、電動化・自動運転・ソフトウェア化という複数の大きな変化に同時に直面している。開発のスピードと効率を上げなければ競争についていけない中で、生成AIを設計・開発・業務プロセスに実装できる人材は、業界内で奪い合いになりつつある。ホンダが月15万円という手当を用意してまで社内人材を育てようとしているのは、外部からの採用だけでは間に合わない、あるいは社内に眠っている人材を掘り起こす方が早いという判断があるからだろう。
単なる「AIツールが使える人」ではなく、「AIを前提に業務そのものを設計し直せる人」を社内で可視化し、正当に処遇する。この考え方は、自動車業界に限らず、あらゆる業界のホワイトカラー職に広がっていく可能性が高い。
転職市場にとっての意味
ホンダのような大手が「AI活用を評価・報酬に直結させる」制度を作り始めたということは、他の企業にとっても他人事ではない流れだ。AIを使いこなせるかどうかが年収差に直結する時代は、もう一部の企業では現実になっている。
ここで転職活動における実践的な視点を一つ加えておきたい。職務経歴書に「生成AIに詳しいです」「ChatGPTを使っています」とだけ書いても、採用担当者には何も伝わらない。ホンダの制度が重視しているのと同じ視点、つまり「AIを使って何を変えたか」を具体的な数字で語れるかどうかが評価の分かれ目になる。
たとえば「資料作成にAIを使い、月間の作業時間を10時間削減した」「問い合わせ対応にAIを組み込み、一次対応の平均時間を半分にした」というように、業務プロセスのビフォーアフターを言語化できるかどうかがポイントになる。
ホンダの評価軸を参考にするなら、職務経歴書を書く前に次の3点を自分に問いかけてみるとよい。ひとつ目は、AIを使う前と後で、業務のどの工程が具体的に変わったか。ふたつ目は、その変化を時間や件数など数字で示せるか。みっつ目は、それが自分だけの成果なのか、チームや業務プロセス全体に広がる再現性のある変化なのか。この3点を言語化できれば、「AIが使える」を単なる自己申告ではなく、企業が評価したくなる実績として伝えられる。
まとめ
- ホンダは2026年7月、生成AIエキスパート制度を開始
- 3段階認定、レベル3(専任)は月額最大15万円、レベル1(兼任)は月2万5000円
- 対象は国内全社員約4万5000人、認定者は現在280人、数年内に1000人へ拡大予定
- 「手挙げ制」で、AI知識よりも「仕事のやり方を変えられたか」を評価
- 背景には26年3月期4239億円の最終赤字。AI活用は生存戦略になった
今の職場でAI活用が正当に評価されていないと感じるなら、それは自分の市場価値を確かめる良いタイミングかもしれない。自分のAI活用実績が今の転職市場でどう評価されるのか、一人で判断が難しい場合は、転職エージェントに一度棚卸しを手伝ってもらうのも一つの方法だ。

